中国のSNSでは、最近39歳の元アイドルCyndi Wang(王心凌)が急ブレイク中だ。Douyinでは、彼女の曲を踊った投稿や、タイアップの投稿が大ブームとなっている。
このブームの発端は、Cyndi Wangがノスタルジックをテームにした美魔女オーディション番組の「乘风破浪3」に出演したことだ。Cyndi Wang が1分間歌って踊る映像が10数年前に彼女の熱狂的なファンであった80後や90後の当時の記憶を想起させ、再ブレイクに至った。さらに、男性ファンたちがCyndi Wangに再デビューの道を与えるため、番組の主催サイトであるMangoTV(芒果TV)の株を買い、同社の株が急騰する現象まで起きた。
元々「乘风破浪3」は、放送初日から再生数1.36億回を達成する人気番組である。同番組は芸歴の長い30代以上の女性芸能人30人が、5人組ガールズグループとして再デビューを懸けて競争するという内容となっている。この30人全員、中国芸能界で一定の知名度がある人で構成されており、泊り込みの合宿生活では彼女たちの様々な意外なシーンが見られると話題となっている。
このまま話題性が続けば、「乘风破浪3」は今年最もヒットするバラエティ番組となりそうだ。
バラエティ市場では、動画サイトがテレビ局を凌ぐ存在に
中国のテレビのほとんどは国営となっており、広電総局という政府直属機関が全国のテレビメディアを管轄いる。しかし、「乘风破浪3」は日本のバラエティ番組と違い、テレビではなく、動画配信サイトMangoTVによる制作・配信だ。
これにはかつて「超级女声(スーパーガール)」、「中国好声音(Sing! China)」など社会現象まで引き起こしたテレビ業界が2011年から広電総局が「エンターテイメント規制令」を出したことで、テレビで放送されるバラエティの本数や内容、放送時間帯を制限されたという背景がある。
これにより、テンセントビデオ(騰訊視頻)や、iQIYI(愛奇芸)など動画配信サイトでのバラエティ番組が台頭。今やテレビ局を凌ぐ存在となりつつある。この流れを受け、バラエティ番組に強い湖南衛星テレビも、2014年に動画配信サイトのMangoTVをリリースした、というわけである。
いくら政府が番組の内容や時間を規制しようと、ヒットする番組は必ず国民の心に刺さる。ドキュメンタリーや、ニュース番組の時間を伸ばしても、国民は言われた通りそれを視聴するわけではないからだ。特に若い世代は、テレビを見ず、動画配信サイトのバラエティ番組を視聴する傾向にある。
テレビと比べ、ネットで放送されるバラエティ番組は、長時間撮影が可能なだけでなく、出演者の別の一面を見ることが出来たり、視聴時間に期限がなく、いつでも視聴できたりとメリットが詰まっている。
2021年中国バラエティ番組の放送指数(ユーザー評価、視聴数などの指標による算出)では、トップ3全てネット放送の番組だ。特に「創造営2021」と「青春有你3」は若い世代の間で超人気番組となっている。
ヒット番組がもたらす驚愕な商業価値
テレビ全盛期である2015年、国民的人気オーディション番組「中国好声音」の決勝戦において、優勝者の名前を発表する直前の60秒のCM枠が3,000万元(約6億円)という驚愕な金額で落札された。この金額は中国テレビ広告史上最大の金額となった。
広告を出したのは中古車取引サイトの「優信中古车」で、この60秒の広告で一夜にして有名となり、バイドゥの検索数は急増、同社のウェブサイトとアプリが一時的にダウンするなど、アクセスが殺到した。
https://v.qq.com/x/cover/mzc00100kiq4fst/v001896vmzx.html?n_version=2021
▲優信中古车が3,000万元で獲得した60秒の広告
動画配信サイトの視点から見ると、Netflixはドラマのヒット作を次々と打ち出し、会員制を採用することで収益化を行っている。一方、海賊版が多い中国では有料コンテンツの消費習慣は確立しておらず、広告収入が動画サイトのメイン収入源である。特に、バラエティ番組は、スポンサーから広告収入がメインの収入源となっている。
日本で視聴率の高い番組のスポンサーになろうとすると、週に1回を6ヶ月間、30秒の枠を同じ番組内で獲得するには7,000万円ぐらい必要となる。
中国の場合は、MangoTVによる「乘风破浪」の第1シーズンを例にすると、2020年から放送され、番組で流した広告ブランドは40個。広告収入は概算で4.55億元(約90億円)だと予想される。
第1シーズンがヒットしたことにより、第2シーズンでは、冠スポンサー料金は5億元(約100億円)、連携パートナーの広告料金は1億元(約16億円)という驚愕な金額で業界のスポンサー料金記録を更新した。
また、日本の広告は番組の合間にCMを流す形であるが、中国は異なる形で広告を投下している。
中国では動画の純広告や、会社名がアナウンスされる他、プロダクトプレースメントも純広告と並ぶ存在だ。また、ブランドも番組に出演する芸能人と協力し、ストーリー性のある動画を巧みに番組内に取り入れるパターンもある。
話題性が最も重要視される中国のファーストフード式マーケティング
業界の人によると、Cyndi Wangは「乘风破浪3」の舞台を機に急ブレイクしたことで、彼女の広告宣伝価格が急騰し、同番組メンバーの他29人よりはるかに高い価格となった。このように、中国のマーケティングは、話題性が重要視されるファーストフード式マーケティングと言われてる。
日本ではCDやグッズを購入してアイドルを応援するのが通常である一方、中国では一人一人のファンが形成したファングループ(飯圏)が存在する。好きなアイドルをさらに人気にさせることがファングループで合致した目標であり、アイドルの出演映画を見る、その人がCM出演した商品を購入する、誕生日のお祝いに資金を集めてロケットを打ち上げるなど、日本では想像をできないような様々な消費行動が行われている。
このようなファンのグループの存在から、中国マーケティング業界では、「流量(トラフィック)」を第一とし、とにかく話題性を作り出し、ブームに乗ることで、すぐ商業化して儲けるパターンが多い。
話題性のあるタレントの起用がテレビの視聴率、雑誌の売り上げ、商品の売れ行きに直接影響することから、音楽作品などで評価されていた昔のタレント業界と比べ、今や実力がある者よりも、人気で話題性のあるタレントが広告に起用される傾向にある。
ブランドも、ファッション誌もこの時流の中では、常に話題の中心にあるタレントの起用するしかないのかもしれない。
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